女性活用戦略で各社は女性リーダー育成のラストスパートに入っている。
能力が同じであれば女性にアドバンテージを、というのはここ何年か耳にしてきた。有難い話に聞こえるが・・実際は微妙だ。
子育て、介護、と分担やアウトソースでは済まないことがある。今しかできないことはそれなりにやろう・・というのは特別な人の話じゃない。
それでも、会社はモデルを提示する。あの人みたいに、時には(わたし)みたいに(私も頑張ってきたのよ)と。
「私は能力がないので違います」「あの人みたいになれません」「私はそんなに強くありません」 
皆やんわりと言うが・・。本当に言いたいのは何?モデルと言われる人の生き方がそう感じさせてくれないのだろうか。
「なれません」ではなく「なりません」と言っている。れとりは違うようだ。

頑張っていると言われる人の必死な感じが周りを明るくしたり暗くしたりするのは何からくるだろう。
次に続くひとたちが見たいのは何なの? 夢や 希望や 楽しさや 豊かさや チャレンジや、
手応えや 成長実感や 人との関わりや 人を救うユーモアや ・・言葉に出来ないもの全てなのではないか?
「私がモデルになります!」と安易に言う人がいるけれど。いえいえ、違うのよ。学ぶ気がある人は、既に何からだって学んでいる。
子供のお砂場遊びからだって人間関係は学べる。

私たちは何を見せてきたのだろうか・・と考えてみる意味はある。

このところずっとインタビュー続きでした。1人のクライアントに対して直下の部下たち全員にインタビューをします。何日もかかります。質問はその都度創るのですが要は「この人どんなリーダーですか?」と。

20年もこの仕事をやっていて飽きないのは、部下の数だけ受け取り方があり、リーダーの数だけマネジメントスタイルがあるということ。それを毎回見せつけられる感じがします。

正解なんてない、でも、夥しい数のリーダー像を見ているうちに、結局その人らしく行くしかないのだ、というところに着地するようになりました。今更違った人になんてなれないし、ならないでしょう。

ただし・・これはあるんじゃないかと思います。「他の人とではなくこの人と一緒に業績上げていきたい」と思わせるような「らしさ」に変わっていくこと。それをサポートするのは、なかなか・・やりがいがありまする。

NHK朝ドラ好きの私は時々朝から目が潤む。

「なつぞら」
すずちゃんが演じるなっちゃんがお嫁に行く。じいちゃんにお世話になりました、のシーン。
じいちゃんは草刈正雄。
「わしこそ。お前に育ててもろた。たくさん。。。」
グッと来ますね。不覚にも泣けてくる。朝っぱらから。
人を育てた人は、自分こそ育てられたと心底思える。そうなんだよなぁ・・・。

 

お掃除ロボットが家にやってきました。まずは床のものを上にあげる。海外では靴で家の中に入るから、あまり床に寝転がったり、ものをばらばらと直に置かないけど日本は違う。お掃除前の準備で床のものを上にあげるのが一苦労です。でも上げてしまうと部屋がすっきりした感じに見えます。

とりあえずの目標は、準備なしでもルンバのスイッチさえ押せばよいという状態にすること。そのうちに少しずつ床に物が少なくなりました。なるほど…。これ、会社の中でフリーアドレスにする前の教育と似ているかも。モノを減らす、紙を減らす。そのうちに紙でアウトプットしなくなるのが当たり前になる。そうするともっと新しくて軽いPCやタブレットが欲しくなる。うーむ、まずは当たり前になるように、を目指します。

本日は会社の3回目の誕生日でした。やりたいことが出来ている度、75点くらいかなぁ。ご機嫌さと緊張感の中でそれなりに健やかにやれている感じがしています。この感じ、とてもいい。
皆さま、いつもありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。 カンパーイ‼